ムルギーな雰囲気こそB級グルメの王道だった
渋谷の百軒店商店街に「ムルギー」というカレー屋がある。
僕がB級テイストに目覚めた記念すべき店、である。
この百軒店商店街というところは↓のジャンジャン横町と同じく、
渋谷にあってなんとも怪しげな場所であったりする。
関東大震災後しばらくは渋谷の文化の中心にあったと聞く。
映画館やジャズ喫茶、劇場などが建ち並び、渋谷で一番のにぎわいを見せていた、らしい。
いまでは風俗店に次々と犯され、そんな余韻は見る影もないが。
センター街や公園通りが「陽」とすると「陰」の渋谷の代表格がこの百軒店商店街だろう。
さて、その「陰」の渋谷の中で、ひときわ異彩を放っているのが「ムルギー」だ。
僕がはじめて訪れたのは高校1年の時だから、もう随分前の話になる。
ラーメン屋の「喜楽」を訪れたのだがあいにく臨時休業かなにかで、
前から怪しさを感じていた「ムルギー」に思い切って入ってみることにしたのだ。
昭和26年オープンだけに建物は当時でもいい感じに古ぼけていて、
なかなか良い雰囲気を醸し出していたが、それよりなによりメニューが怪しかった。
・ムルギーカリー(玉子入り)
・ガドガド
・サッテ
たしか食べ物のメニューは当時でもこんなものしかなかったはずだ。
とにかくガドガドって何だ!この得体の知れないものを食すことが目的で勇気を出して、ムルギーへと足を踏み入れたのだ。
一歩足を踏み入れて後悔の念がふつふつと鎌首をもたげてきた。
ホントに店内は昭和26年のままだったからだ、古ぼけ具合がハンパではない。
まだ15歳の身にこの雰囲気はあまりにも厳しい。
誰もいない店内を見渡しながら呆然とたたずんでいたが、
それよりなによりいったいどんなもんを食わせてくれるのか、そちらの興味の方が逃げ出したい心に勝ってしまった。
席に座るといまは亡きオヤジが水を持って、テーブルへとやって来る。
やって来るんだがなかなか僕の座っているテーブルまで到着しない。
遅い。異常に遅い。
まさしくすり足でジリジリと迫ってくるといった感じだ。
これは恐ろしい。ヘビににらまれたカエルが動けなくなるように
こちらにジリジリとにじり寄ってくるオヤジの姿はまさに恐怖の一言。
気の弱い人ならチビってしまうことだろう。
で、オヤジはコップをテーブルに置くなり
「ムルギー玉子入りですね」と言った。
ですね、と言われても困る。
ですね、という言葉には有無を言わさぬ迫力がある。
つまり聞く耳など持っちゃいないということだ。
こう聞かれたら「はぁ」と答えるしかない。
ちなみに友達と行ったときのことだが、その友達が
「あ、玉子なしのやつください」と言ったのだが、
やはりオヤジは聞いてくれなかった。
「玉子入り2つでいいですね」ときた。
「いや、玉子アレルギーなんで、玉子なし1つお願いします」
「玉子入り2つですね。あとガドガドといってインドのサラダがあるんですが…」
本当に聞いちゃいないのだ。
ある意味、スゴイ。僕なんかはオヤジとのこのやりとりが好きで通い詰めたと行っても過言ではない。
さらに付け加えるとガドガドはどこからどうみてもただのレタス、トマトサラダにしか見えない。
おいおい、どのあたりがインドなんだよ、と誰しもが突っ込みたくなる1品だった。
しかも、コーラなどと一緒に冷蔵庫にラップを掛けて冷やしてある。作り置きかい、とさらに突っ込みたくなる。
実はこのガドガド攻撃をかわすのも一苦労であった。
「ムルギー玉子入りですね。あとガドガドというインドのサラダが…」でセットになっているのだ。
玉子入り攻撃をかわすことは不可能だったが、ガドガド攻撃は粘れば何とか交わすことが出来た。
「いや、ガドガドは結構です」
「でも、インドのサラダで美味しいんですよ」
「ホントに結構ですので」
「注文しますか?」
「いえ、いりません」
ときっぱりと言い切れば最後にはオヤジもあきらめてくれた。
きっとオヤジの頭の中にも「ガドガドはちょっとな…」みたいな思いがあったに違いない。
もちろん、カレーを持ってくるときも異常に遅く歩く。小林よしのりの「東大一直線 」で主人公の東大通がこうズンズンと迫って歩いてくる定番シーンがあったが、ちょうどそんな感じだった。
なんと素敵なオヤジ、そして店だっただろうか。
これこそがB級テイスト。
料理のインパクト+店のインパクト+店主のインパクト
この3つが揃ってこそ、真のB級グルメとなりうるのだ。
肝心のカレーについては『「カレー記念日」だから仕事人なムルギー気分 』をご参照のほどを
●「ムルギー」
渋谷区道玄坂2-19-2
営業時間 11:30~15:00 16:00~20:00 木曜11:30~15:00
定休日:金曜日