「ベニスの商人じゃあるまいし…」~嗚呼、懐かしの東中野「モカ」~ | B級グルメを愛してる!

「ベニスの商人じゃあるまいし…」~嗚呼、懐かしの東中野「モカ」~

東中野あたりはいま地下高速工事で大変、鬱陶しいことになっているが、

かって線路沿いに「モカ」という素晴らしい喫茶店があった。

あれは大学1年の頃だろうか。(マハラジャが元気だった頃のお話)

当時、我々の間では

中野の「クラッシック」

渋谷の「ライオン」

東中野の「モカ」

三大激シブ喫茶店として憩いの場と化していた

中でも「モカ」は他の2店にはないB級な魅力に溢れていたのだった

何がB級かというと店のおかあさんが超B級なのであった

店内は…ほとんど「ムルギー」に近いと思ってもらってかまわない

テーブルやら雰囲気はだいたいあんな感じである

店のサイズは1/3くらいだろうか

テーブルにはオルゴールが置かれている

あけると音楽が流れ(「エリーゼのために」だった気がするがさすがに覚えていない)

そこにはメニューが貼り付けられている

そのままならば、オールドな雰囲気の中でコーヒーを飲み、

たゆたゆとした時間を楽しむ店、であるのだが、

ここ「モカ」にたゆたゆした時間などあり得ないのであった

入店後、しばらくするとおかあさん(当時、70歳くらいか)が雑談を仕掛けてくる

和やかに天気だとか社会情勢なんかについて話していると

突然、おかあさんが豹変するのである

「思い起こせば50年前、華の銀座の片隅で、肩で風着る艶姿…」

といきなり自分の半生を弁士風に語り出すんである

あまりの変貌振りに多くの人間が笑いを禁じ得ないのであるが、

これがまたどうしてなかなか聞き応えのある語り口で、いつ聞いても聞き惚れてしまう

それが長いときで30分、ショートバージョンでも20分くらい続く

話の中身は自分が20代の頃は花魁よろしく銀座でも噂のいい女で

モボ・モガに囲まれて大正ロマンな人生を送っていた…みたいなことだったと思う

でもって、必ず最後にシメの言葉があるんである

それが「ベニスの商人じゃあるまいし、肉のかたまり一つに血、一滴……ってなもんですよね、お客さん」

という台詞だ

まったくもって前後との話の脈略はなく、意味は著しく不明である

しかも、絶妙な節回しで言うのである

シビレた…グレートだぜ、おかあさん

「血、一滴」というところまでは歌舞伎でいうミエを切っている感じで

それからしばらく間をおいて「ってなもんですよね、お客さん」と続くわけだ。

しかしながら、急に「ってなもんですよね、お客さん」と振られるからその後の返しが難しい。

「ってなもんですよね」と相づちを求められても、何が何だか話がわからんのだから

「ハァ」と言うしかない。

あれは大学2年の元旦のことだ

「モカ」愛好者であった我々は有意義な正月を過ごすために

午後3時に「モカ」集合ということにした。

そして、午後3時。続々と仲間が集結してくる。

現在、スカパラの川上つよし、谷中敦をはじめ初代ドラマーだった青木達之などなど…

なかなか素晴らしいメンツだ。スカパラの原点は「モカ」にある………わきゃ、ないか

しかし、店は案の定、閉まっていた。そんなことはもちろん想定内である

我々はおかあさんから聞き出していた店の裏手の住居めがけて突進した。

チャイムを激しく鳴らす。

出ない

今度は扉をガチャガチャとしてみる

出ない

扉をドンドン叩き、「おかあさんいます?」と大声で叫ぶ

なんだかゴソゴソと部屋の中で動く気配がする

しばらくするとマスクをしたおかあさんが出てくる

風邪、らしい

なんでもここ2,3日寝込んでいたとのことだ

しかしながら、我々も「じゃ休んでてください」などとは言わないんである

「店の鍵貸してもらえますか?先に行ってやってますんで、おかあさん、着替えたら来てください」だったから

その後、老体に鞭打ったおかあさんに「ベニスの商人…」を語らせ

我々は満足して浅草へと消えていった…

浅草東宝にクレイジーキャッツ特集オールナイトを見に行くために…

なんてB級な野郎どもだったことか…

おかあさんに合掌