廻らない回転寿司屋でも回転寿司は回転寿司? ~大井町「源平寿し」~
廻らない回転寿司屋というものがある、
いや、かつては廻っていたがいまは廻すことをやめてしまった回転寿司屋といった方がよいだろう。
食材のロスを出したくない、というのが最大の理由だと思うが、
それよりなにより、廻すことに意味がない、という店もある。
大井町の「源平寿し」もそんな店の一つではないだろうか。
確かにかつて、この店ではレーンが廻っていた。
私も廻っている頃に来店したことがあった。
その頃の印象は安さが魅力の普通の回転寿司屋、という感じだった。
というよりも、なぜ廻しているのかが不思議な店、といったほうが良いだろうか。
もともと普通の寿司屋だったのかもしれない。
なんだかレーンが無理矢理設えたといった感じだったのである。
レーンはカウンターの端から端まで行くと急角度で曲がっている。
レーントレーンの間はわずかに20センチほどである。
客席は片側一車線で、板場とカウンターのわずかな間にレーンが横たわっているといった案配だ。
大井町の近所に住んでいた頃はたまに顔を出していたが、月日が流れて十数年、久しぶりに訪れた。
当時とあまり変わらぬ佇まい。いや年月分は十分に老いている。
あやしげな古寿司屋、といった風情で、一見ではなかなか入りにくい雰囲気を醸し出している。
看板を見る。
「くるくる廻る江戸前鮨」
と書いてある。昔のままである。
店に入る。
「いらっしゃい」との声だが、なんだかかわいそうなくらいに元気がない…
病気の板前さんが無理矢理絞り出したような声だ。
愛想はあるんだが、致命的に元気がない、といった感じなのである。
人柄は良さそうな感じなのが救いか。
昼時とあって、客は数組いた。
皿は……廻っていない…
注文で板さんが握ってくれる。
忙しくないときなどは普通の回転寿司屋でも皿を廻さずに注文のみで握りたてを出す店もあるが、
そういうのとは違う感じだ。
古びたレーンを見ているともうえらく長い年月、廻った形跡がないのである。
じゃ、普通の街の古びた寿司屋と同じじゃないか、とあなたは言うかもしれない。
その通りなんである。
しかし、注文すると寿司はなぜか皿にのせられて出てくる。
「ムムム…」と思う。
このシステムは回転寿司だ。
お会計時もこの皿の色と数で計算をしていた。
回転寿司のいいところというのは、自分が食べようとしている寿司がいったいいくらなのか一目でわかるところにある。
すごい美味そうな中トロだが値段は高い…食べるべきかやめるべきか、それが問題だ、とハムレット的な苦悩に陥るのがそれはそれで楽しいもんである。
が、寿司は廻っていないがお会計だけは回転寿司システム、というのでは、回転寿司の楽しみをあじわうことはできない。
それでは意味がない、とあなたは言うかもしれない。
が、そうでもないんである。
寿司の値段がなんともいえぬ、回転寿司価格なわけだ。
マグロ、タコ、イカなどベーシックなネタは概ね110円。
大トロや活ネタなどの上ネタが300円と激安といっていいくらいの値段設定だ。
しかも、味は悪くない…。
いや、激安回転寿司だと思えば十分に美味い。
ここでふたたび「ムムム…」と思う。
廻っていないが、看板には回転寿司の表記。
廻っていないが、レーンはある。
廻っていないが、回転寿司システムのお会計。
廻っていないが、回転寿司価格…。
果たしてここは回転寿司屋なのか否か…
気軽に入れない回転寿司屋という新ジャンルな店というのもありなんじゃないかと思った次第です。
●「源平寿し」
東京都品川区大井1-1-25
電話:03-3777-6264