ひさびさに見つけた気骨の料理人が生み出す極上麺料理 ~池尻「藤巻激場」での衝撃~
その店の名前は「藤巻激場」。
店の構えはご覧の通りの赤と黒のツートンカラーで看板の類は一切ない。
(この外観だけで何屋かは絶対にわからない)
「いったいここは何屋なんだ?」と多くの人が思うことだろう。
しかも「藤巻激場」ときている。
芝居でもやってるのか…
あるいはホルモン屋か…
これが私が最初に受けた印象である。
「開けるのが恐い…」
B級グルメ道を邁進する私でさえそう思うのだから、一般の人ならさらにビビッたとしても不思議ではない。
いや、そもそもレストランであるという保証すらないのだ。
扉を開けると激情した藤巻氏に襲われる、ってなことだって十分にあり得る。
まさかね…
しかし、その可能性を払拭できないのは、硬質な店構えにある。
並みのB級店とはあきらかに違う。
何が違うかというと怪しさの質が違うのだ。
店の前はキレイに掃除され、それこそチリひとつ落ちていない。
窓や扉もキレイに磨かれており、新規オープンしたてのようにピカピカなのである。
それで頭を抱える。
「この徹底した衛生管理はただもんではない…おそらく店主はなにごとにもこだわるプロなのであろう…しかし、いったい何屋なのか…」
そんなジレンマを抱えながら何度か店の前を通ることがあったが、結局、店には入らずにしばしの時が流れた。
そしてついに訪れるときがやってきたのである。
それは雑誌の取材がもたらせた。
「2007年のラーメン特集」ということで、ラーメン王・石神のイチオシ店、ということで訪れたわけだ。
前のラーメン店の取材が長引いたせいで、予定の2時より少々遅れる。
いや、正確には「2時過ぎくらいに伺えるかと思います」と伝えていたのだが、
この「過ぎ」という曖昧表現がいけなかった。
なにせ相手は店の前にチリひとつ落とさない完璧主義者である。
2時ならキッチリ2時。「過ぎ」なんつう曖昧な表現は受け付けないわけである。
で、ついにおそるおそる扉を開けたわけだが、果たしてそこには店名のごとく激情した藤巻氏がいたわけだ。
看板に偽りなし。
藤巻氏はかなりの強面だけに恐いの何のって。
いや、今回はこちらの甘い計算が落ち度であるからして、ひたすら頭を下げる。
怒られること数分。
「じゃ、この話はここまで」と藤巻氏はカチャリとモードを切り替え、取材モードになる。
このあたりの潔さもプロだ。
ここで出されるのはトムヤム激場麺。
長年、タイ料理の修業をしてきた主人が世界一のスープ、トムヤムクンを広めたいという思い、
タイ料理や師事した先輩料理人たちへの恩返しのつもりで始めたのがこの店だという。
で、考えていることが飛び抜けているのである。
「丼一杯でタイのコース料理を表現する」というものなのである。
これだけ聞くといったいなんのことやらと人は思うだろう。
こういうことである。
前彩(前菜ではない。彩りも重要だということ)には麺の上にのせられた青パパイヤのスパイシーサラダ。
湯はトムヤムスープ、海鮮は海老と紋甲イカのすり身ゆで、麺は特製平打ち中華麺、〆の飯は鶏そぼろご飯の茶漬け風と確かにフルコースが揃っている。
いや揃っているだけではなく、しっかりと丼の中に表現されているのだ。
(花とレモンにも意味がある。知りたい人は勇気を出して店主に聞いてみよう)
で、肝心の味はどうなのか?
まずスープをいただいてみる。
「ム……」
これはまぎれもないトムヤムクン…しかし、なにか違う。もっと深みを感じる。
聞いてみると自家製のトムヤムペーストに鶏油からとったネギ油をミックスさせているとのこと。
さらにいくつかの具材を加え煮込んだものがこのスープ。
トムヤムクンではなくトムヤムガイスープなのである。
ガイとは鶏のことで、中華料理の修業もした店主の工夫が生み出したまさしくオリジナル。
このスープがまたいける。
ラーメン王・石神をもってして「甘・辛・酸・鹹・苦の五味が全て詰め込まれていて圧巻の味世界」といわしめたほどの出来栄え。
ただのタイラーメンなんかとは明らかに違う代物である。
いったいこのラーメンを生み出した藤巻将一とはどんな男なのか?
話はディープな世界に入っていくのであった…(続く)